AIによって、デザインや制作物を作ること自体が、誰にとってもかなり身近になってきました。
その一方で最近、ちょっと気になっていることがあります。ロゴ周りの余白が微妙にずれていたり、コーポレートカラーに近いけど微妙に違う色が使われていたり、書体がブランドの指定と少し違っていたり。
単体では致命的ではないけれど、積み重なるとブランドの一貫性がじわじわ溶けていく、そんなズレを見かけることが増えた気がしています。
そんなことを思ったので、整理する目的で記事にしてみます。
目次
「作る力の民主化」と「守る力の希少化」が同時に起きている
AIのおかげで、バナーもLPも資料も、それっぽいものは誰でもかなり早く作れるようになりました。
ただその結果として、細部の一貫性が保たれにくくなっている、という側面もあるように感じています。
作る力が民主化される一方で、ブランドを一貫して守る力の方は、むしろ希少になっている。そんな感覚があります。
自分も最近、量産される制作物の中に、単体では大した問題じゃないけど、積み重なると気になってくるズレを見かける機会が増えた気がしています。
「全部を統制する」のは、たぶん違う
とはいえ、細かいルールを大量に作って、ズレを片っ端から取り締まるようなやり方は、自分はあまり好きじゃありません。矯正しすぎると、今度は新しい表現やイノベーションの芽まで摘んでしまう気がしています。
自分の中でしっくりきているのは、「守るもの」と「自由に試していいもの」を、はっきり分けて考えることです。ロゴやブランドカラー、基本書体、社名表記のような、少数だけど強く守るべき部分を決めておいて、それ以外のレイアウトや表現手法、ビジュアルアイデアといった部分は、思い切って自由にしてしまう。
守る部分は固定、それ以外は自由。このくらいのメリハリの方が、ブランドも創造性も両方生きやすい気がしています。
見るべきは「違反」より「意図」
もう一つ意識するようになったのが、ズレを見つけたときに「ルール違反だから直してください」と反応するのではなく、「これは意図的な違いですか?」と一度聞いてみることです。
同じ「ルールから外れている」状態でも、単に知らずにやってしまったものと、狙いがあってあえてそうしたものとでは、扱いが全然違います。
前者は直せばいいだけですが、後者は、もしかするとブランドが進化していくきっかけになるかもしれません。
ブランドガイドラインは、一度決めたら変えられない憲法のようなものではなく、実践と検証を重ねながら育てていくものだと、最近は思うようになりました。
「違反です、直してください」だけだと、作る側はだんだん萎縮していく気がしています。同じ指摘でも、聞き方ひとつで対話になるか、取り締まりになるかが変わるなと思っています。
自分がなりたいのは「番人」じゃない
ここまで考えてみて、自分がはっきり感じたのは、「出てきたものを最後にチェックして直す人」にはなりたくない、ということです。作るたびに「これで大丈夫ですか」と確認してもらう体制も、あまり理想ではありません。
理想は、ロゴや色、書体、ブランドの人格といった基本的な扱い方を、作る人それぞれがある程度理解した状態で、あとは自由に量産してもらうことだと思っています。
中央で全部を承認するのではなく、判断の基準そのものを、関わる人たちの間に分散させておく。そういう状態を作ることの方が、AIによる民主化とも相性がいい気がしています。
AI時代のブランドとの向き合い方で、意識しておきたいこと
- 守るものを少なく強く決める: 全部を細かく縛るより、絶対に外せない項目を数個に絞る
- 違反ではなく意図を確認する: ズレを見つけたら、まず「意図的かどうか」を聞いてみる
- ガイドラインは育てるものと捉える: 一度決めたルールも、良い逸脱があれば更新する対象として見る
- 判断基準を分散させる: 自分だけが確認する体制ではなく、関わる人が基準を共有できる状態を目指す
- 取り締まる言葉を使わない: 「違反です」ではなく「合わせてみます?」くらいの温度で伝える
さいごに
AIで制作が民主化されていくこと自体は、すごく良いことだと思っています。
だからこそ、自分は最後に立ちはだかる「番人」にはならず、最低限の軸を共有しながら、みんなが自走できる状態を作る側に回りたいと思っています。
取り締まるより、軸を共有して育てる。今のところ、これが自分の中でいちばんしっくりきている考え方です。

